中野宗次郎ストーリー

中野 宗次郎 プロフィール

手術:中野宗次郎平成23年10月のある日、私は突然、仕事中に右腕の力が衰え、握力が4キロしかなくなり仕事の続行を断念し、病院へと向かう。

診断の結果は難病指定の首(頚椎)の病気だと告げられる。
自分の中では認めず、日々明るく、心身共に健康な振る舞いをしていたが、病状は良くなる気配すらなく、手術を決断。首の靭帯を除去しチタン合金を移植する。

その後も病状は悪化し二度目の手術の予告を受ける。命の危機さえあり、悪い場合は命も落としかねないとの宣告。
だが、相変わらずノー天気にリハビリに取り組むが、平成24年5月の連休の合間に専門医の執刀をうけられると告げられ、1週間の自宅休養を許可される。

その時に、病院で、考える時間も失せる程に読書をし、気をまぎらわせていた中“ひとりさん”(斎藤一人氏)の本に興味を持ち、本社に問合せ、松山でひとりさんのお店を営業されている“まるかん・みらい”を紹介される。
お店に行くと、いつも明るく人々に幸福を振りまいている店長I氏と出会う。

手:中野宗次郎その後、共感を受け、その1週間の内に何度も通っていたある日、静岡で“無限力”という、医者が、さじを投げた方を何人も救っているというK氏が、松山で無料の講演会を開いているという事をI氏より聞き、内心ワラをもすがる気持ちで(外見はいつも明るくそんな気配さえ見せないでいたのですが)会場へ向かい「ぜ~んぶお願いします!!」と大声で叫び、ニコニコと笑いながら歩くという場面に出合い、それを言った途端、何と!!
首の痛みが消え、足元から黒い砂のようなものが流れていくのが見えた。

3日間の講演会の1日目がそれで、続く2日目には「ぜ~んぶ、お願いします。」と言った途端に、せん光のような光が体を貫いて行くのを感じる。K氏にその事を伝えると「天命が降りたな。明日病院でもう一度診てもらったらどうか?」と問われ、次の日、病院へ向かい、手術の拒否をする。(何も悪い所がないからだ)すると医師は驚き「あなたがどうしてもと言うのならそれで良い。」と言われる。(医師は認めることは出来ないと言った様子)

「でも専門医の先生はこの先スケジュールがいっぱいなので、次回希望しても無理ですよ。」と言われるが「それでも結構です。」と返答。その後病院の静かな廊下で、七色の龍の様な美しいものが自分の体の廻りを包むように舞い、「お前にお役を授ける。」という声というか、お告げと言うか!?がその時に降りて来た。

啓示:中野宗次郎3日目にその事をK氏に電話で伝えると、「それであなたはどうする。断ることも出来るし、又やることも出来る。私とは同じ経験をしてない。その代わり、やると答えたら命をかけてやらなければならない。断ってもよいが、これは天が与えたお役目なので、誰それには降りて来ない。」と言われ、迷わず、「やります。」と答える。

するとK氏が「天にそれを伝えなさい。」と言われる。
「私は、命をかけてお役目をお受けします。」と伝え家路につくが、約20分間今までにはない程、大量の涙が流れて来て、最後には大声で泣いていた。こんな経験は生涯で初めての事で、その後の晴れ晴れとした気持ちと、世の中の全て、目に映る全てのものが愛おしく見えて仕方なかった。生かされているって事は素晴らしい!!と実感する。

その後、次々と色々な出来事があった。何度も上からのお告げを受け天命のまま行ってきた中には、本当に命懸けのお試しがたくさんあった。又その反面、信じられない様な奇跡も数多くあった。

中野宗次郎時は流れて、今では上からのお告げ(今では波動だとわかったのだが)に従いながら毎日を過ごしている次第です。
今回のお店を開店したのも、上からのお告げにより「皆の集う場所をお前が作りなさい。」との事で、資金も、知名度も、地域の事も何も分からずもんもんとしている内に、あれよあれよという間に話が進み、又、多くの皆さんの応援を受けながら、ワクワク、ウキウキしながらやっています。
応援して下さった方々には、本当に感謝、感謝です。沢山の皆さんが集まるお店にしたいと思います。スピリチュアルなお店になり、変な人がやっているお店です。関心のある方は、どうか皆さんと共に語り、又、食べ、飲み、ニコニコでいきませんか!?

近況の報告はこのようなものですが、私の今までの人生はとても興味のある人生でした。
又、皆さんもお店に立ち寄って頂ければ、この続きはお店でお話します。まだまだたくさんあります。
この宇宙は全て、波動で出来ている!!